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繁殖に携わっている人にとって最も辛いことは、生 まれてきた子牛が死んでしまうことではないだろう か。このことは経営上マイナスなだけでなく、生産者 にとって精神的にも大きなダメージとなって残ってし まうと聞く。子牛の主な死亡理由は下痢や肺炎といっ た疾病になると思うが、こうした疾病の対策として考 えなければならないことの1つに初乳が上げられる。 兵庫県丹波市で黒毛和種約1200頭を飼養し、一部一 貫経営を行っている神戸髙見牛牧場(株)の髙見進代 表取締役(写真1)は、人工哺乳で育てた自家産牛の うち、約10〜15%が生後6ヵ月以内に死亡するという ことが長年続いていた。様々工夫をしてみたものの、 なかなか改善せず悩んでいたところ、一昨年のはじめ に初乳に目を付け自ら初乳製剤の開発に取り組みはじ める。そうして完成した初乳製剤を使い始めて以来、 現在に至るまで子牛の生存率100%を維持し続けてい る。では、どのような初乳製剤を開発し、どのように 利用することで子牛の生存率100%を実現したのであ ろうか。(取材日:1月22日)
髙見牛牧場では母牛の発情回帰を早めることと、母 牛の乳質や乳量のバラツキによる子牛の発育不良や大 きさの不揃いを防ぐことなどを目的に人工哺育を行っ ている。しかし髙見氏によると、今では全て生後3日 で母子分離しているものの、以前は、純粋但馬牛は若 干体質が弱いと言われているため生後3ヵ月間は親付 とし、それ以外は母子分離していたという。ところが、 但馬牛より体質が強いと思われる県外の血統の子牛で も、必ず一定数が子牛のうちに死亡してしまっていた。 そこで髙見氏は、母牛の初乳の質や量のバラツキによ る影響を抑えるために、いくつかのメーカーの初乳製 剤を使ってみたり、生菌剤やビタミン剤、オリゴ糖、 有機・ミネラル抗菌剤、納豆菌など、子牛に良いと言 われるあらゆる資材を様々なパターンで組み合わせて 使ってみたりしたとのこと。しかし、これだけいろい ろ試してみたにもかかわらず、どうしても生まれた子 牛の10〜15%は生後6ヵ月以内に死亡してしまってい た(表1)。また、生き残った子牛も全頭が健康だっ たわけではなく、生後6ヵ月になるまでに下痢や肺炎 に罹ったり6ヵ月を過ぎた後に体調を壊したりして順 調に肥育まで進まない牛も少なくなかったという。 こうした状況の中、髙見氏が何か良い手立てはない かと思案していたとき、たまたまニュージーランドか ら日本にカシスを輸入している人と知り合った。カシ スはβカロテンやビタミンA、B1、C、Eといった ビタミン類、血流改善の効果や抗酸化作用を持つポリ フェノール、目のピントを合わせるのに効果のあるア ントシアニン、さらにはカリウム、カルシウム、マグ ネシウム、亜鉛、鉄などを豊富に含んだ果物で、カシ スのエキスは人間用のサプリメントとして広く利用さ れているほか、その搾り粕は家畜用の添加剤として活 用されていて、家畜の疾病予防や発育増進に効果が認 められているとのこと。髙見氏はこの知人からそのカ シスの添加剤を「牛に使ってみないか」と提案され試 しに子牛に与えてみたところ、確かに肺炎などの疾病 が減少したという。そうしたところ、今度はカシス繋 がりでニュージーランドの大手粉ミルクメーカーの担当者と知り合うことができたそうだ。この粉ミルクメーカーは、ニュージーランドの広大 な牧草地で牧草だけを食べている母牛のみを搾乳し て、人間用の粉ミルクと牛用の初乳製剤を製造してい るのだが、広大な牧草地でストレスなくビタミン・ミ ネラルが豊富な牧草だけを食べた牛から搾乳している ので、極めてビタミン・ミネラルの含量の高い製品を 製造しているという。搾乳に供される母牛の品種は、 ホルスタインやジャージー、ブラックアンガス、ヘレ フォード、ブラウンスイスなどが中心で、牧牛※によ る季節繁殖を行っているため、一度にたくさんの初乳 を搾ることができるので初日初乳のみを使用した高品 質な初乳製剤の製造が可能なのだとのこと。また、乳 用種・肉用種・乳肉兼用種、そしてこれらの交雑種を バランス良く用いることで品質が特定の成分に偏ら ず、成分のバランスが良い製品を安定的に作ることが できるのだという。 そこで髙見氏は、この粉ミルクメーカーで搾乳され る高品質な初日初乳と免疫力の向上に効果のあるカシ スを使って初乳製剤を開発することを思いついたの だという(ちなみに、口絵で掲載したミルクが紫色 だったのはカシスに含まれるアントシアニンの影響)。 ※牛を放牧し、自然交配させる方法
髙見氏が初乳製剤を開発するのに当たって一工夫加 えたことがある。それは脱脂したことだ。普通、初乳 製剤は脱脂しないのが一般的のようである。その理由
は、新生子牛はもともとの備蓄エネルギーが少なく、 初乳から脂肪を吸収しないと低エネルギー状態になっ てしまって、その後の発育に悪影響を及ぼすからだしかし髙見氏がいくつかのメーカーの初乳製剤を使っ
て感じたのは、「脂肪分が含まれているからこそ、初 乳製剤に含まれている各種栄養成分が十分に吸収され ていないのではないか?」ということだった。
新生子牛は免疫グロブリンという粒の大きなタンパ ク質を腸から吸収し、これによって初めて免疫を獲得 する。しかし、この粒の大きな免疫グロブリンを吸収
できるのは生後24時間以内と言われ、早ければ早いほ ど吸収率が高いので可能な限り早く吸収させる必要が ある(詳しくは弊社発刊の「シェパードの獣医さんが
おくる繁殖のちょっと役に立つお話」の110頁〜、131 頁〜を参照)。ところが、初乳の中の脂肪が多すぎる と免疫グロブリンと腸の粘膜の間に脂肪が割って入
り、免疫グロブリンの吸収を妨げてしまう可能性があ ると髙見氏は考えた。また人間でも人によっては、サ シがビッシリ入った牛肉を食べると下痢をすることが
あるが、脂肪は消化・吸収に時間がかかる上に腸のぜ ん動運動を活発にする作用があるので、過剰な脂肪は 分解・吸収されずに排便されてしまったり、時には下
痢を引き起こしてしまったりすることがある。そこで 髙見氏は、初乳製剤に含まれている脂肪は実は思った より吸収されておらず、しかも免疫グロブリンの吸収
を妨害し、そして十分に免疫グロブリンが吸収される 前に排便されているかもしれないと考えた。そしてそ のせいで免疫が長続きせず、子牛が自分で免疫力をつ
ける前に初乳の効果が切れてしまって下痢や肺炎に 罹ってしまうのではないかと推測したのである。実際、 これまで様々な既存の初乳製剤を使ってきたが、どう
しても10〜15%の子牛は死亡していたということを考 えると、この仮説は間違っていないのではないかと 髙見氏は考えるようになった。髙見氏は、「確かにエ
ネルギーが少ない新生子牛にとって脂肪は大切です。 しかしそれよりも大切なのは、初乳に含まれる免疫グ ロブリンを一刻でも早くたくさん吸収することです。
脂肪を吸収するのはそれからでも遅くないと考えまし た」と述べた。また脱脂したことで思わぬ効果も得る ことができたそうだ。それはミルクを作る際に非常に
お湯に溶けやすてダマもできないので、哺乳担当の従 業員の負担が減り作業効率が非常に良くなったという ことだ。さらに脂肪分が含まれていないためサラッと
しているので、非常に子牛が飲みやすいのだという。 もう1つ髙見氏がこだわったのは、初乳の高い品質 を活かすために「なるべく余計なものを加えない」こ
とだった。そこで、カシスの他には抗菌作用があり免疫力を高める初乳由来のラクトフェリンと製品を安定 させるトレハロースの3つの天然由来成分のみ加える
こととした。製品によっては免疫グロブリン製剤を追 加補充したり濃縮したりしてあるものもあるそうだ が、髙見氏が開発した初乳製剤はもともと十分に免疫
グロブリンが含まれていることや、過剰な免疫グロブ リンは場合によっては子牛にアレルギー反応を引き起 こす懸念もあるとのことから、こうした加工はしない
こととした。また糖質の1種であるトレハロースが含 まれているので子牛がミルクを甘く感じるのか大変に 嗜好性に優れ、子牛が良く飲んでくれるのだという。
高見氏は、こうして完成した高品質で抗菌力のある 初乳製剤を平成28年(2016年)11月から使い始めたそ うだが、それ以降、死亡する子牛が皆無になったとの
こと(表2)。そこで、これを使えば純粋但馬牛も生 後3日で母子分離できるのではないかと考え、自家産 の純粋但馬牛も親付けから人工哺育に切り替えた。そ
の後、取材日現在までに200頭以上の子牛にこの初乳 製剤を与えているが、死亡した子牛はただの1頭もい ない上に、生後6ヵ月を過ぎても下痢や肺炎に罹る牛
が非常に少なくなったとのこと。また、早期離乳でき るようになったことで母牛の発情回帰が早まり、分娩 間隔の短縮にも繋がったそうである。
髙見牛牧場では、この初乳製剤を使い始めてから子 牛の死亡がゼロになったわけだが、いくらこの初乳製 剤が優れていたとしても、使い方が正しくなければそ の効果は発揮できない。 通常、初乳製剤を使うのは親牛が育児放棄をしたり、 乳の出が悪かったりした時などの緊急事態の場合が多 いと思う。しかし髙見氏は全ての子牛に初乳製剤を与 えることを推奨している。というのも、 親牛によって 乳質や乳量がバラつくからだ。そして、その際に重要なのは「給与するタイミング」と髙見氏は力説する。 髙見牛牧場では子牛が生まれたら、親牛の初乳を飲 む前に初乳製剤を給与するこ とにしている。なぜなら 舎飼いである以上、いくら分娩房を綺麗にしていても 乳房に細菌やウィルスが付着していることが考えられ るからだ。初乳が新生子牛に必要だとしても、初乳と 一緒に乳房に 付着した細菌やウィルスも口にしてしま えば、せっかくの初乳の効果も失われてしまう。そこ で髙見牛牧場では親牛の初乳を飲む前に初乳製剤を与 えて、細菌やウィルスが子牛の体内に侵入する前に しっかり免疫グロブリンを吸収させるようにしている のだ。しかし、前述の通りこの初乳製剤は脱脂してあ るので、エネルギーを確保するためには脂肪も得なけ ればならない。そこで、初乳製剤を与 えた後で親牛の 初乳を飲ませるようにしているのである。こうすれば 初乳製剤で先に免疫が移行しているので、少々親牛の 乳房が汚れていても問題なく親牛の初乳から脂肪を吸 収できるというわけだ。 また髙見氏によると、先に初 乳製剤を与えておくと初乳製剤を与えていない子牛に 比べて親牛の乳への吸い付きが力強くなり、親牛の初 乳もしっかり飲めるのだという。 こうして自ら開発した初乳製剤 を平成28年11月から 昨年7月までの9ヵ月間にわたって自ら試してみた結 果、初乳以外は飼養管理を変えていないのにもかかわ らず生存率100%を実現した。もちろんその裏には分 娩の立ち会いや夜間の 見回りといったキメ細かな飼養 管理があったわけだが、それを加味したうえでも十二 分に商品として販売できると確信した髙見氏は、昨年 8月に「親はなくとも仔は育つ®」という名前で商品 化すること を決断する(現在、特許申請中:写真2)。 すでに県内の有名一貫農場をはじめ、県内外の50戸以 上の生産者と取引を行っていて、その効果が口コミで 広がり利用者が増加中とのことである。
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